2026-01-22
note運用憲章(My Translation Policy)
このページの目的
このページは、
- *noteを書くときに立ち返るための“運用の軸”**を明文化したもの。
数字・評価・他人の成功例に心が引っ張られたときでも、
「自分は何のためにnoteを書いているのか」を思い出すために存在する。
noteは「自分を翻訳する場所」
noteは、思考や感情を生み出す場所ではない。
それらはすでに、
ブログ(usomitainikagayakumachi.tokyo)で十分に行っている。
noteの役割は次の通り。
- 自分の内面で起きていることを
- 他人が読める言葉に翻訳し
- 誤解されにくい形で差し出すこと
つまり note は、自己表現ではなく、自己翻訳の場。
noteでやらないこと
以下のことは、意識的に行わない。
- 不安を煽って読ませる構文
- 成果・成功・優位性を誇張する表現
- 「正解」を断定する書き方
- 誰かを下げることで自分を上げる構造
- 再現性のない体験談を一般化すること
noteは「勝つ場所」ではない。
理解される場所である。
noteで大切にする姿勢
- 一次体験をベースに書く
- 自分の視点・迷い・途中経過を隠さない
- 読者を操作しない
- 読後に、少しだけ視点が変わる余白を残す
目指すのは、
「読んだ人が、自分の状況を整理できる文章」。
答えを渡すのではなく、
考えるための地図を共有する。
noteの位置づけ(自分にとって)
noteは、
- 自分をマネジメントする場所であり
- 自分を説明する場所であり
- 自分という人間を、他人にわかる形で提示する場所
露骨なプロモーションは行わない。
ただし、
自分という存在を、誠実に可視化することは行う。
それは宣伝ではなく、表明である。
noteを書く前に、自分に問う3つの質問
記事を書く前に、必ず以下を確認する。
① これは「今の自分の実体験」から書いているか?
- 実際に感じたことか
- 自分の時間や感情を通過しているか
- 誰かの意見の要約になっていないか
一次性がない文章は、noteに置かない。
② これは「他人が読める形」に翻訳されているか?
- 自分語りで閉じていないか
- 前提知識が多すぎないか
- 読者が自分を重ねられる余地があるか
共感ではなく、理解可能性を意識する。
③ 読み終えたあと、視点は少し動くだろうか?
- 自分を責める構造になっていないか
- 不安を増やしていないか
- 「整理できた感覚」が残るか
読後に残したいのは、焦りではなく“余白”。
最後に
noteは、自分を売る場所ではない。
自分を整え、
他人と接続可能な形に翻訳するための場所。
この運用方針に沿って書かれた記事は、
短期的な数字よりも、
長期的な信頼に寄与する。
迷ったら、このページに戻る。
それでいい。